Napの考えること

by Nap-takemura

金環日食

考えること(その49)

たぶん、あの日は日本中の皆さんが金環日食の話題一色で一日を終えたことでしょう。なんたって900年以上ぶりのことなんですから。僕は寝てましたが・・・。

それにしても平安時代の人々はどうやって見たのでしょうか。あの日の人々の熱狂ぶりは大メディアがあるこの時代だからともいえるのかな。だけども遥か大昔の人々とのつながりを想う日でもあったには違いないし、そういう意味ではロマンティックな日でしたね。

つい先日何かで読みましたが、「木は10年で、人は100年で育つもの」って言葉がありました。勝手に読み取るなら、ひとりの人間の一生では完成できることは少ないということなのでしょう。

音楽も然り。過去から現在までの偉大な歌の数々は意識または無意識を別として様々な場面で目(と耳?)の前を通り過ぎているわけで。もしかしたら自分の音楽なんて、何一つ真っ新で新しい歌なんか創れていないのかな? なんて考えたりしました。

だからこそこれからも焦ることなく、心の向くまま、楽しみながら、しかし真剣に自分の才能(が、あると信じつつ・・・ここが大事!)を深く掘り下げながらこれからも音楽と向き合いたいぜ、なんて思うのであります。

それにしても、金環日食。なんと神秘的なのでしょうか!
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# by Nap-takemura | 2012-05-25 02:16

ちょうど一年。

考えること(その48)


あの大震災から一年経ちました。多くの犠牲者の皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
言葉にならない出来事とはまさにあのようなことだと感じます。

遠く離れた関東で仕事を営む自分もただただ、一歩一歩仕事を続けることだけを考えたものです。
たぶん皆様も多くの思いを胸にそれぞれの立場で行動し過ごしたことと思います。

今日こうして無事一年を過ごすことができたことに感謝いたします。
そして、あのような状況でも出演してくださった皆様、ご来場いただいたお客様にあらためてお礼申し上げます。ありがとうございました。

同じ東北出身の者としてあの日の出来事を忘れることなく、そして一日も早く被災者の皆様の復興が遂げられますようにこころよりお祈り申し上げます。Nap代表 竹村龍彦
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# by Nap-takemura | 2012-03-11 13:38

届けたい歌。

考えること(その47)


気分によって無機質といわれるようなコンピューターサウンドが心地よいときもあれば、耳をつんざくような疾走感命のハードなバンドの音が気持ち良いときもある。(Napではアコースティックライブのみです。あしからず!)

そんなすばらしいアーティストにもっとたくさん出会いたいし、新しい音楽をもっと楽しみたいと思う。

年に数回だけれど、大物アーティストを観に行くことがある。まあ、よくもこんなたくさんのファンがいるもんだと感心する。

でもよーく考えてみると世の中、僕のような音楽好きはたくさんいるわけで、同じように好きなアーティストのために時間の余裕とお金とタイミングが合う限り足を運ぶわけで。

もしかしたら一部の音楽好きな人間がこの音楽業界を支えているのかなと思ったりもする。

まあそんな余計な想像は別として、そんな音楽好きな方々に自分の音楽も加えてもらえるよう精進しなければと思うのである。

閑話休題。

長い間音楽を続けていると何度か自分の音楽的方向性なるものを修正したくなることがある。

妙に昔の歌の方が出来が良く思えたり、はたまた新曲だけがすべてに思えたり。
それこそ気分でコロコロ変わる。いつも何かが足りない気がしてくる。

もともと音楽にはおおきく(乱暴に言えば)ふたつの楽しみ方があるのではないでしょか。

夜ひっそりひとりでヘッドホーンなんかで個人的に楽しむ音楽。そしてもうひとつは車の中や雑踏の中や野外などで複数で聴くのにぴったりな音楽。

果たして自分のつくる歌はどのシチュエーションに似合うのか。そんなことを考えるのもおもしろい。

でも、問題はどちらに当たるのかどうかではなくて、誰に向かって音楽をつくっているかどうか。

たったひとりの人のことを想ってつくった歌でも、不特定多数に向かってつくった歌でも。

シンプルなことだけど、誰に向かって歌うのかは大切なことだ。

調子のすぐれないときはこのあたりまえのことがさっと出てこない。

だから凡人である僕はついこんな小さな事をチマチマと考えてしまう。

さてさて。

いよいよ師走の12月に突入です。まだまだ総括できない気持ちが残る今日この頃ですが。

とりあえずは体調維持も心がけて、さあ残り一か月。ご一緒に存分音楽を楽しみましょう!
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# by nap-takemura | 2011-12-07 20:58

CDが一番。

考えること(その46)


CDが売れなくなった、なんて声が聞こえ始めてからずいぶん経ちます。
そんな時代に取り残されたような気分を横に置いて、僕はいまでもCD屋さんに足繁く通っております。
時代の空気を感じるにはやはり音楽が一番。

小さいながらもCDジャケや盤面の輝きなんかも好きです。
レコードにはかなわないけれど、クオリティの高い音やコンパクトにまとまったデザイン、紙の感触なんかも良い。

だけど最近はCD制作をする方も減っていて、ネット配信やYouTubeをはじめとした様々なサイトで公開しているアーティストも多いようですね。
また、音楽だけでなく、このブログのように活字を発信する世界も増えてきました。

一時期はmixiという言葉がアーティスト合言葉のようになっていたのに・・・。
まったく時代の移り変わりの速さには驚くばかりです。

おかげでいろんなツールを選べるようになったとも言えますが。
ただ、個人的にはもう何かひとつに絞りたいなと思う時もあります。

たとえば日記。

年に何回か思い立ったように書き始めたりしますが、結局は二三日もしないうちにやめてしまいます。

ひとつは自分の字のへたさ加減に。
ひとつはちゃんとした気持ちを文字にできない(つまりは技術的な問題?)ために。

で、これまたいつもと同じ結論に戻ってしまうのですが、
やっぱり文章より音楽で気持ちを表現するのが一番だなあ、と。

まあ、ハデに世の中に発信できるシロモノかどうかは別として、
気分は大物アーティストと同じ世界を見ているわけで。
きっと生みの苦しみもそんなに変わらないはず、と勝手に決めつつ、

自分にとっての音楽は無理なく楽しみながら自己表現できる唯一の手段だと思い知るわけです。

そしてできるならば、日記のように、かたちにも残す。
それも大事なことだ、と強く最近思います。

ネットももちろんすてきですが、個人的には手で触るときの触覚と耳と脳で感じる聴覚その両方を満たすCD。
それがやはり一番です。

今年の暮れまでには僕も一枚はつくりたいと思ってますが・・・。
あとはやる気と根気と努力あるのみ!

がんばれ自分。
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# by Nap-takemura | 2011-10-14 12:06

祈りを込めて。

考えること(その45)


このたびの甚大なる地震により被災された皆さまにこころよりお見舞い申し上げます。一日も早い復興をお祈り申し上げるとともに微力ながらNapとしても支援活動も行いたいと思います。

街に出ると異常なまでのこの状況下に日常品を買い占める人々が増えているようです。買い物カゴ一杯に詰め込む姿におもわず自分自身、冷静に行動をしなければと考えてしまいました。

被災地以外の経済活動まで止まれば、自分の生活はもちろんのこと、いろんなところに影響が及びます。こんなときこそ落ちそうな気持ちに負けず、知恵を絞り、努力をしなければと思う次第です。

さてさて。ここ数日間のTVはCMもなく怒涛のように情報が溢れています。不安で目が放せなくなります。そしてしまいには頭の中が固まっていくような感覚にさえなります。

今日はすこしCMもあったりで状況は変わりつつあるようですが、やはり料理に塩が不可欠なように、人間には遊び心やユーモアが必要なのだと思います。ましてや音楽を含む芸術は言うに及びません。

昨日、部屋でギターを弾きました。ほんのひとときでしたが現実を忘れることができました。僕にとっての歌はやはり大きなものです。

単にライブハウス経営者だからということではなく、歌が好きな人は歌を。車が好きな人は車を。ゴルフが好きな人はゴルフを。映画が好きなら映画を。絵が好きな人は絵を。カラオケが好きならカラオケを。

こんなときだからこそ気持ちをきりかえることも同時に忘れてはいけないと感じます。それが前に向いて生きる力のひとつになるはずです。

もちろん状況が許さない方には不謹慎に聞こえるかもしれません。ただ、おおげさな言い方をすれば、今を生きる、ということも考えさせられもしました。

被災者の皆さまにおきましては一日も早く希望のある生活が訪れるますようお祈り申し上げます。
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# by Nap-takemura | 2011-03-15 17:29

音楽は人を表す?

考えること(その44)


字は人を表すと言いますが、そんなことは嘘だと信じたい。僕の字は相当ひどいから。そういえば、陽水の字に似てなくもない。もっとも彼の場合は芸術的ともいえるからなあ・・・。まあ、それはさておき。

では、音楽は人を表すか否か。いまのところ、YESと答えたい。音楽の善し悪しではなくってその雰囲気がだ。創られた歌の風体というか、醸し出す空気感のようなもの。具体的に歌詞に感じる場合もあるし、メロディの動き方なんかにそれを感じることもある。ただし、あくまでもオリジナルな歌を奏でているというハードルを超えたところでのお話ですが。

元気にみえて実は内省的な歌が多い人、影があるよな暗い雰囲気なんだけど歌はけっこう前向き。歌は得てしてその人の本質の一部を表すかもなあ、と思う時がある。一概にはいえないけれど、必ず歌のどっかしらに知らない自分が潜んでいるのかも。

歌は日記のようなもの。その時々の自分の心も同時に刻まれる。時間を経てつくった歌の中に、変わってしまった自分、変われなかった自分がみえる気がしないでもない。

歌は人を表すか? そんなたわいない議論をつい先日もした。いまのところ、答えはまだ、YES。
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# by Nap-Takemura | 2010-10-28 00:45

伝える。

考えること(その43)


結婚式で歌ってくれと頼まれるケースは歌い手には当然多いだろうと想像する。そのとき何を歌うかも大事だがその意義の大きさに最初は戸惑う。しかしこれほど分かり易いシチュエーションはない。誰に向かい歌うのかがはっきりしている。おのずとどんな歌が必要かも。僕の個人的経験ではそれはとても気持ちの良いものであり、これまで歌ってきて良かったと感じた。誰かが喜んでくれる。相手に何かしら伝わったことを知った喜び。単純なことだがこれが原点なんだと、初心を思い出させてくれた。

そもそも楽しくて始めた音楽。まねごとができる感激。自分もいっぱしの歌い手の仲間になれる気がした毎日。夢がどんどん拡がっていく感じ。そんな初期衝動もだんだんと薄れ多少できてあたりまえと考えていた自分。キャリアがあれば当然一定のレベルを他人も自分も求める。もちろん一段でも上にあがれば達成感を味わえる。歌でも曲でも演奏でも。それは基本として大事。しかし、自分を掘り下げていくひとつの道具になるのも歌。だから、その掘り方次第ではあまりよろしくない状況にだってなる。

穴掘りに例えるなら当然深くなるにつれ壁まわりは狭くなる。下に向かってだんだんと大きく広げたりしたら崩れてしまう。だからって同じ大きさで掘り続けるのにも無理がある。そこそこの深さで止めたいのにそれを許さない自分もいたりして。残念ながらそんなことはぜんぶ後になって気がつく。しかも学習しない。

「伝える」ということを忘れた歌には味がない。そんな歌もたくさん作ってきた気がする。しかしいまでも歌える曲にはその「伝える」何かが含まれているのだと思う。ステージや部屋で歌うたびに形は変われどそれを思い出す。そんな心象風景のようなものを記憶する力が歌にはある。だからある程度まとまった数の歌ができたら一枚のCDに残したいと考える。自分のためにも誰かのためにも。

ところで最近、なんとなく古いビートルズの弾き語り本を開いた。そのコード進行とメロディの魔法のような歌の数々に改めて驚いた。こんな歌をつくりたい。そんな気持ちが甦る。初心に帰ることは大事だ。忘れた何かを思い出すためにも。
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# by Nap-Takemura | 2010-04-27 09:46

宿命。

考えること(その42)


いまさらですが、2009年12月26日付の朝日新聞に精神科医の春田武彦さんという方の、「無力感は人間の宿命です」と書いた記事が載っていた。いまも印象に残る記事でしたのですこしここでご紹介したいと思います。

その内容は、「人の行動原理や感情の多くは無力感に根ざしている。親の期待に背いたり、目標達成できなかったりすることで心の中に自己嫌悪や罪悪感が派生する。それにより自分を肯定できなかったり、逆説的に自分をいとおしく感じたりすることが心の複雑さを作りだす」。

さらに続けて、「不安感は無力感から導かれるものです。各個人がいかに無力感を手なずけ、押さえつけるかという方法や成果によって、同じ状況下でも不安の覚え方が違うのだと思う」。

またその対抗手段として有効なのは、「高望みしない、手近なところで幸せをみつける、分をわきまえること。ただし、その背後には断念や諦観があるのかもしれません」と結んでいた。

この記事冒頭の、「無力感は人間の宿命です」という言葉にはインパクトがある。一瞬、後ろ向きな言葉に聞こえるが、この言葉の後には、「だからこその・・・」と続く気がした。

さて、もうすぐ4月です。出会いや別れの時期。いろんな思いに心が揺れる季節。こんなときは何気なく耳に入る歌の歌詞がふっと心に染みたりする。そんな歌がつくれたら幸せ。

歌をつくる人間としては先の文にある、「無力感を手なずける」手段として、歌づくりはとても有効だ。それがたとえ一時のことだとしても。その小さな時間のつながりが時を重ねているのだから。

いろんな思いを持った人たちがステージに立ち。同じくいろんな思いを持った人たちがそれを聴く。やはり音楽はいいなと改めて感じる今日この頃。東横線に乗った際は、ぜひ「日吉Nap」を思い出してください。そしてすこしの時間、同じ空間を共有できたら幸せに思います。スタッフ一応お待ち申し上げます。
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# by Nap-Takemura | 2010-03-07 11:08

ヒット曲。

考えること(その41)


新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

さて、今回は「ヒット曲」について考えてみたいと思います。

そもそも、ヒットする歌とはなんでしょう。古くて新しいもの。聴いたことのない世界。感じたことのない風。そんなこんなを含んだ歌とでもいうのでしょうか。その括り方は人それぞれ。それを意識してつくりたいと考えるのがプロの現場の方々。僕も一時期なんとかそんな歌ができないものかと奮闘した頃があります。しかしそのヒントさえつかめない始末でありました。

世の中にはビートルズをはじめとする抜き出た才能の持ち主がいるもの。そんな彼らも最初は好きなミュージシャンの真似事から入った。ディランもストーンズも然り。入り口はそこだが彼らにできたことは、「古くて新しい」ものをつくるセンスがあったということ。

一方、ヒット性は抜きに、オリジナル性だけを強く打ち出すことは容易い。アマチュアたる所以。しかしたくさんの人の耳に届くことは少ない。ファンがふえてこそのプロの世界。それを考えるとむつかしいものがある。「古くて新しい」の片方。「新しい」だけの音楽の世界。

日本の音楽シーンも様変わりして、ヒップホップやブラックミュージックに日本語をのせるなんてあたりまえ。しかし残念ながらそこにはオリジナル性が乏しい。新しい何かを感じさせてくれない。時代にもまれ、気づいたら新しいジャンルと云われる。そういう音楽にはなかなか出会えない。

では、リスナーはどうだろう。多くの人はこんな理屈をならべて聞いたりはしないだろう。時代の空気に溶け込む歌はヒットの要素をある程度満たしている証拠。ここがミソ。

作り手としてはすこし自分を突き放して見る目が必要。自分の世界観を映しつつ、時代の空気も感じながら。そんな曲作りができたらと考える。プロの世界ではそれを果たす役目としてプロデューサーやディレクターがいる。アマチュアのミュージシャンはそれを自分で果たすしかないから悩ましい。

成功を手にするミュージシャンの多くはアマチュア時代にすでにこの両方を備えている気がする。もちろんいろんな書き物を読んでの感想ですが。生まれついての才能に恵まれた方なら別だがこれを磨くにはたくさんの音楽やライブに触れるしかないかもしれない。

ヒット曲。アマチュアにとっては代表曲とでもいうのか。世に出るためのひとつの武器。一度聞いて耳に残る歌。それが多くあれば多くあるほど良いに違いない。多くの人に知って覚えてもらうためになくてはならないツール。そのアーティストの入り口に立つ門のようなもの。そう思ったりもする。

今年が皆さまにとってすばらしい年になりますように!
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# by Nap-takemura | 2010-01-03 13:00

変遷。

考えること(その40)


人にも変遷があるように、歌にも変遷がある。「恋愛」、「生と死」、「欲望」。これらは歌のテーマとしてよく扱われる。僕が初めてつくった歌は窓の外に見えるカラスの歌。シンプルだけが取り柄の未完成な歌。その後はほとんど恋愛の歌が中心。実体験というより背伸びして、かっこつけて、なんてものが多い。しかしそんな歌でも自分の心情が映し出される。それを見つけた気になる時がある。だから歌づくりはやめられない。

二十代後半からぼんやりと「生と死」をテーマに歌をつくりたいと考えた。Napの出演者もこれをテーマにした歌が最近多い気がする。時代なのかもしれない。歌の切り口は星の数ほどある。同じテーマでも考え方の違いや思想のようなものが見えてくる。これもライブのおもしろさのひとつでもある。

そして、「欲望」。僕はいまこれをテーマに歌をつくれたらと考えている。何かつくれば何か見えてくる。歌づくりの理由はいまも変わらない。解らないから歌にしてみる。答えがないから歌にする。頭では解けないことだから頭では考えない。歌はそれに応えてくれる。出来不出来は別として感性にまかせられる。子供が積み木するのと同じだ。

プロになったら好きな歌が歌えない。つくれない。誰かに指示されたくない等々。よく聞く話。僕の好きな某有名ミュージシャンはいわゆるオファーされた作品が代表作となっている。同じ例の歌にたくさん名作がある。つまり余りある才能(もちろん努力も含むけど)は対外的なプレッシャーを超えてしまうということ。そんなタフなアーティストに憧れる。同じプロでも様々だ。答えはひとつではない。自分のめざすプロになればいい。

歌は数学のように答えはひとつではない。「恋愛」、「生と死」、「欲望」に正解はない。その正解のなさに歌の魔力がある。自分の考え方、やり方、表現の仕方、そしてできれば外に向けて。エンターティメントのひとつとして客席にまるごと届けられたらと思う。それが達成できたらきっと幸せだ。つまり僕はまだ達成していないということですが・・・。
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# by Nap-takemura | 2009-11-02 09:17