Napの考えること

by Nap-takemura

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桜咲く季節。

考えること(その67)

自分の音楽を追求している中で、結果、求めたカタチと違っている場合がある。それは弾き語りだとかバンドとかのスタイルの問題ではなくて、単にこの頭の中に鳴っているリズムや湧き上がるメロディや言葉が今の自分が真実に求めているものとは違っているだけ。そう思う時がある。

心の中に溜まった、言葉にできない数々の思い。それがたとえ目に映らない塵のような埃でも何日か経てばきっと紙一枚の厚さくらいにはなる。その一枚の紙を拾い上げて何を記しているかを読み解き歌にして放つ。その力が自分にどれだけあるのか、はたまたなにもないのか。天秤の片方に載せた理想のカタチ。一方に載ったいまの自分。いつか水平を保ったまま微動だにしない日を味わいたいものだ。

スポーツでいえば、日々のトレーニングが結果を出すための最低限のカリキュラムがあるように、音楽だって技術的な部分が多く含む歌や演奏はやはり日々の練習がものをいう。感性が命の曲づくりだって、音楽的理論もあるに越したことはない。さらなる高みを目指せば自然と必要に迫られる日がくるに違いない。ギターコードだって数え切れないほどの中から思いついたメロディに合わせてさっと出てきたらどんなにかいいだろう。

努力するという使い慣らしの言葉は何事にも顔を出す。それが真実だから。好きこそ物の上手なれ、という言葉はそのまま受け取ってはいけない。その先には、必ず壁があってどこにでもある、本物の努力が必要になってくる。つまり本当に好きになるための努力が待っているのだ。それを逃げずにトライしたものだけが次の列車の切符を手入れることができる。

事実そうやって努力を重ねることで、音楽を生業にしているアーティストを知る。自分のつけた確かな足跡に時に励まされながら、また新しい地平線をめざし続ける。今日もだれかの胸をふるわせ躍らせ励ます歌を届けようと歩みを進めている。そんなアーティストがつくりだす音楽があるからこそ、僕はずっと音楽を好きでいられるのだと、いまさらだけど思うのです。

桜の足音が聞こえくるこの季節。Napのステージではいつもながらアマチュア中心のライブが繰り広げられています。プロの完成度になるには中身の濃い時間と経験が必要です。様々なレベルのアーティストに一貫しているのは、自分の意思でステージに立っているということ。それぞれが様々な目標や意義を持ってステージに立つ。とても勇気がいることだと思います。それに応えるべき、ライブハウスの一つとして、Napも益々精進したいと考えます。これからもよろしくお願い申し上げます。Nap竹村



































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by Nap-takemura | 2015-03-23 19:05