Napの考えること

by Nap-takemura

<   2010年 04月 ( 1 )   > この月の画像一覧

伝える。

考えること(その43)


結婚式で歌ってくれと頼まれるケースは歌い手には当然多いだろうと想像する。そのとき何を歌うかも大事だがその意義の大きさに最初は戸惑う。しかしこれほど分かり易いシチュエーションはない。誰に向かい歌うのかがはっきりしている。おのずとどんな歌が必要かも。僕の個人的経験ではそれはとても気持ちの良いものであり、これまで歌ってきて良かったと感じた。誰かが喜んでくれる。相手に何かしら伝わったことを知った喜び。単純なことだがこれが原点なんだと、初心を思い出させてくれた。

そもそも楽しくて始めた音楽。まねごとができる感激。自分もいっぱしの歌い手の仲間になれる気がした毎日。夢がどんどん拡がっていく感じ。そんな初期衝動もだんだんと薄れ多少できてあたりまえと考えていた自分。キャリアがあれば当然一定のレベルを他人も自分も求める。もちろん一段でも上にあがれば達成感を味わえる。歌でも曲でも演奏でも。それは基本として大事。しかし、自分を掘り下げていくひとつの道具になるのも歌。だから、その掘り方次第ではあまりよろしくない状況にだってなる。

穴掘りに例えるなら当然深くなるにつれ壁まわりは狭くなる。下に向かってだんだんと大きく広げたりしたら崩れてしまう。だからって同じ大きさで掘り続けるのにも無理がある。そこそこの深さで止めたいのにそれを許さない自分もいたりして。残念ながらそんなことはぜんぶ後になって気がつく。しかも学習しない。

「伝える」ということを忘れた歌には味がない。そんな歌もたくさん作ってきた気がする。しかしいまでも歌える曲にはその「伝える」何かが含まれているのだと思う。ステージや部屋で歌うたびに形は変われどそれを思い出す。そんな心象風景のようなものを記憶する力が歌にはある。だからある程度まとまった数の歌ができたら一枚のCDに残したいと考える。自分のためにも誰かのためにも。

ところで最近、なんとなく古いビートルズの弾き語り本を開いた。そのコード進行とメロディの魔法のような歌の数々に改めて驚いた。こんな歌をつくりたい。そんな気持ちが甦る。初心に帰ることは大事だ。忘れた何かを思い出すためにも。
[PR]
by Nap-Takemura | 2010-04-27 09:46