Napの考えること

by Nap-takemura

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良いお年を!

考えること(その34)


2008年最後のこの日。あと数時間で2009年。今年もたいへんお世話になりました。この仕事をしていると世の中の状況がひとつ別のところで流れている気がすることがあります。それは創造的人々が音楽というもので表現する場所にいるからでしょう。しかしひとつドアを開けて外に出ると世界はリアルにひしひしと押し迫ってきます。何を基準にするかは人それぞれですから、僕もまわりに惑わされないように、変わり続ける世の中の基準とは比べねえぞ、と自分に言いきかせています。そうしないと自分の中の軸のようなものがずれていく気がします。昨年母を失くし自分の寿命というのを考えました。人の命の重さは思った以上に重く、心は簡単には癒えないことを知りました。誰にも読めない命の長さなら一喜一憂することもなんだか馬鹿らしいなとも考えもしました。いまは足元をしっかり見ながら、だけど気持ちはずっと先を見ながらというのが楽に思えます。そして来る2009年を何年か先に振り返ったとき「自分らしく過ごした」と思える年にできたらと考えます。みなさま良いお年をお迎えください!
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by Nap-takemura | 2008-12-31 15:52

師走のど真ん中に。

考えること(その33)


今年ほど世界経済が大きく揺れた年はないのだろう。なにせ100年に一度といわれる不況ともいわれているのだから。上半期に上昇気流に乗っていたはずの多くの企業にも軒並みリストラや倒産の文字がおどる。まことに恐ろしい時代だ。企業の大小に関わらずどの世界も厳しいのが現実で、それは日々様々な場面で感じることも多くなった。こんな時は、軒先で日だまりに抱かれまどろむ猫のように「そんなの関係ねえぜ」という態度で過ごしたいものだ。

残念ながら人間にはそんなつるつるの感情は持てないのである。自由であるということはやっかいなものだ。猫にどのように生きるかなど選択の余地はない。しかし人間だけに与えられたこの自由は選択の連続が続くことでもある。生まれ落ちた環境がどうのこうのという声も聞こえてきそうだが、そうじゃないことは多くの偉人達がすでに証明している。この選択ということをこの師走のど真ん中で今回は考えてみたい。いやもっと単純に生きるということを考えてみたい。

この世知辛く窮屈で不平等な国の様相はきっと変わっていくだろう。同じ状況をつないでいくものなどこの世にはないのだから。いまたとえば不治の病に侵されてしまった人がここにいるとする。そこでその人はもう生きる意味がないと床に伏すのか、それとも前を向き直して残りの日々を懸命に生きようとするか。このふたつの間には月と地球ほどの距離がある。

このことの大きな違いは、「希望」を持つか、持たないか。それにつきる。希望を持つということは「信じる」ということ。信じるということは生きるということ。それと同意義だと僕は思う。逆説的にいえば、信じないということは生きないと同じ。命があってもきっと生きていくのは辛いだろう。何も信じず、希望を持てない今日を生きるということはなんと空しく辛いことかと思う。何のために今日生きるのか。誰のために自分は生きているのか。誰がこの自分という存在を必要としているか。それが見えなくなる日々。その辛さは人間には耐え難いはず。

だからむしろ僕は信じる道を選びたい。希望を持つ道を歩みたい。誤解をおそれずに言うならその道を選ぶことの方が楽だと僕は思う。明確で一筆書きにできるりっぱな「希望」などというものでなくていい。もっとシンプルに「明日はきっと変わる」という希望だけで充分だ。それはただ信じること。なにも宗教的なことや哲学的な話ではなくて単純にすべては変わるのだと僕は信じたい。そうやって生きていけたらと思う。良い時も悪い時も平凡な時も過去に一度として同じ状況が続いたことなどなかったのだから。そう自分に言い聞かせている。ボブディランも歌っている。「時代は変わる」と。
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by Nap-takemura | 2008-12-15 23:34