Napの考えること

by Nap-takemura

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ライブミュージシャン

Napの考えること(その28)


「原石Ⅱ(ハダカノウタ)」公開オーディションもいよいよ後半戦。ライブの一般審査というのはもうめずらしくもないけれど、誰かに採点される側に立つということは何であれ勇気を必要とする。個人的な話で恐縮だが、19歳の時に某オーディションで僕はあまりの緊張と意気込みのせいなのか、ステージでまったく声が出なくなった経験がある。その日は不思議なことにステージを降りてもしばらく声は戻らなかった。いまも忘れられない苦い思い出のひとつ。

それはさておき、誰だって誉められるのは気持ちが良い。アンケートでも悪いところを指摘されるよりは良いところを拾って書いてもらう方が嬉しいもの。しかし、厳しい指摘をされることも当然大切な訳で、サロン的、なかよしクラブ的な環境の中でただ持ち上げられるような状況は避けたいもの。いつしか歌までひとりよがりになっていくケースはプロの場合だってある。

60年~70年代にもてはやされたフォークの旗手といわれたミュージシャン達はステージ上で客のやじと罵声が飛びかうのが当たり前だったという。つまらなければ「帰れ」といわれ、借り物の歌や着飾りすぎた言葉には遠慮のない罵声が飛ぶ。本当の自分の言葉を紡いだ歌を見抜くリスナーに鍛えられたミュージシャンは時代を超えていく力をその時に得たのかもしれない。時代の空気もあったのだろうけれど、現代よりもっと客席とステージの距離感のようなものが近く、音楽の質以前に表現の手段としての音楽がそこには歴然とあった時代。

何かを創り上げるということは何かを壊すということ。UKのミュージックシーンにはその精神が今も脈々と受け継がれている気がする。ギリギリのところで壊しては構築していく力。才能も必要だけれど表現しようとする在り所に圧倒的迫力がある。そういった音楽には個人的好みを越えたところでこちらに訴えてくるものがある。

話しは戻るけれど今回の「原石Ⅱ(ハダカノウタ)」公開ライブオーディションを見るにつけ様々な思いを秘めて参加してくれたアーティストのそのひとりひとりの思いがステージに映されるのをひしひしと感じる。それは結果はどうであれ普段のライブとは違う力が働いているためだろう。

僕らライブミュージシャンは部屋でひとり歌う頃の音楽とライブでこうして人前で歌う音楽の違いを見極めていかなければならない。基本は同じ自己表現であってもここには大きな違いがある。そのことを僕自身オーディションから学んだこともあることも確か。たぶん第三者をはっきり意識できる分かりやすいシチュエーションであることも関係するだろう。

最後に。ぜひぜひたくさんの方にリアルタイムでこの公開ライブオーディションに立ち会っていただきたいと願っています。最終的に残った12組によるオムニバスCD「原石Ⅱ(ハダカノウタ)」は2006年12月9日で全国発売となります。詳しくはブログ/fish01.exblog.jp/をご参照いただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
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by Nap-takemura | 2006-07-10 00:03