Napの考えること

by Nap-takemura

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心と体

Napの考えること(その22)


何か閃くことがあって、「これは!」という瞬間がある。そんなときワクワクすると同時になぜか、なんだかいまから始めてもなあ・・・、っていう後ろ向きな気持ちが交錯することがある。単純にもう自分は若くないから、という考えだけではなく、そんな心持になることがある。精神分析医がそばにいたらこんなときは何か気の利いたことを言ってくれるに違いないだろうけど。

でも、歳をとることはそんなに悪いものでもないとも思う。自分の限界がみえてくるっていうのは別の言い方をすれば、何を越えていくべきか分かるようになったということでもあって、すこし賢くなったといえなくもない。

僕はいくつかのバンドを組んでは解散というのを繰り返した時期がある。最後につくったバンドには、「GIVE UP」という名前をつけた。「もうまいりました!」っていう意味だけれど、意味合いとしては逆説的に、「これよりもう下には行かないぜ!」って気持ちで付けた。しかし、これもほどなく解散してしまった。

その一番の原因は何かといえば、僕がメンバーそれぞれの音楽的趣向をうまく束ねることができなかったこと。いま懐かしく思い出してみても、その頃の自分の未熟さはもちろんのこと、何よりも等身大ではなかったのだと思ったりする。うまくいえないけれど、心と体にすこしばかりのずれがあるような感じ。勢いだけの毎日であったような気がする。

心と体。

心と体が一致していないということはつまり、地に足が着いていないようなものだから、本人としては実はかなり辛い。何がこうでこうした訳があって、っていうような説明できる種類のものではないのだから。

そんな経験、誰しも一度や二度は経験するものだと思う。そんなときに僕にとってはなんとか自分をまともな思考に留まらせる役目を果たしてくれたもののひとつが自分の原点であるたったひとりだけの「弾き語り」だった。

自分が求めるもので、見返りを求められないもの。完全に俗の世界から離れられるもの。それは小さな光だけれど、求めれば確実に自分を照らしてくれる。そんな力を秘めたもの。それも音楽の大きな魅力のひとつだと思っている。だからいまでもやめないで続けているのかもしれないと思う。
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by Nap-takemura | 2005-08-03 08:35