Napの考えること

by Nap-takemura

共通項。

考えること(その69)

おそらく人としての共通項として誰しもが抱く感情のひとつに、「喪失感」というものがあると思う。仕事柄たくさんの歌やMCを耳にするのだけれど、誰彼となく、その言葉をよく口にする。かく言うこの自分も大切な人を失った時に同じ思いを何度か経験した。ちゃんとそれに向き合うことがむつかしい分、長い期間、それは思いもしない時に現れてくる感情でもある。

その時期、僕はよく朝早く目覚めてしまい、小さな音でギターをつま弾くことが多かった。ぼんやりとした感覚を何かで埋めたいという気持ちがあった。誰かにこの気持ちを伝えることは不可能だから自分が自分を慰めるみたいに歌をつくった。そうやってずいぶんと新しい歌が生まれた。完成した歌の数々をいま客観的に捉えるのなら、雲のことを歌いたいのに、空の話ばかり。やはり正面切って向き合うことは簡単ではなかったということ。

ある日、大切な人に自分のことを歌った曲はないでしょ、と言われたことがある。確かにないのかもと言い、それから思い直して、いやこの曲は君のことを考えてつくった歌だよと伝えた。それがどの曲かもう忘れたが(笑)。このとき、自分は特定な人を想いながら歌をつくったりしないのだと知った。失恋したときに愛の歌も書けないし、幸せなときに楽しい歌も書けない。むしろ恋愛が成就している只中に別れの歌を書いて、不幸せなときに希望や未来を歌ってきた節がある。

誰かを想う、いわゆる愛する気持ちというのは目に見えない波動のようなもので伝わってゆく。それが言葉や仕草というよりも、その背中や目を合わせないその先で照射されているもの。じっと自分の心を探り、その気持ちに寄り添い、赤子を抱くようにそっと触る。そして出来るだけぴかぴかに磨いて今度はその光で十分に自分を満たすことができたのなら、間違いなくその気持ちは一ミリも違わずまっすぐに相手に届くものだと信じたい。

だから新しい歌をつくるときは、鍋のためのカット野菜をどこかで手に入れるような真似はせず、一から白菜を洗い、ネギも切って、その他いろいろと自分の冷蔵庫からひっぱり出した材料を使う。そしてできるだけ気持ちは真っ新にあるがままの思いをたくさん込めて。そうしてやっと完成した暁には、まるで撮った覚えのない写真のように自分の前にそれが現れてくる。その楽しさや、ちょっとした誇らしさは何物にも代えがたい。

絵を見たり、描いたり。歌をつくったり、唄ったり。そして聞いたり、踊ったり等々。なんでもいいと思うが、人間だけに与えられた、そんなこんなの行為は日常不可欠なものだと近頃はより強く感じてしまう。たとえ、それが何らかの利益や感動や商業的価値とは無縁なものだとしても。その人自身にとってエンジンオイルのように前に動かすものとして必要なものだと思う。

僕がカミさんと二人で始めたこの小さなライブハウスはそんな思いを持つ人々に利用されていると常日頃感じている。それは嬉しくもあり、責任もあり、小さくはあるけれど意味のある、価値のある場所として自分自身の心に刻みたい。そしてよりもっと多くの人が利用し満足できるような場所として定着していけたら幸せです。来月、12月で丸14年目を迎えるにあたり、一層心を引き締めていきたいと思います。年末に向けて皆様もお身体に気をつけて充実した日々を過ごせますよう心よりお祈り申し上げます。 2015年11月24日 Nap代表 竹村龍彦






































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by Nap-takemura | 2015-11-24 14:17